Site Soleil / Haiti , 2009
南太平洋のタヒチとよく間違えられるが、そうではない。
ハイチだ。
カリブ海の島国でキューバやジャマイカの近くにあるが、
まったく美しい国とは言えない。
褒めようがないのだ。
着いたその瞬間、帰りたくなる。
1%の富裕層が山の頂きに住み、用事でもないかぎり彼らは山を下りようとはしない。
その頂きには手のゆき届いた公園があり、その緑地を囲むロータリーに面して警察署があった。
どの地区のよりも大きく、コロニアル風の白くりっぱな建物だ。
パトカーが数台と国連治安維持部隊の白い四駆がずらりと並んでいる。
1%の人たちを守るために、そこにいるとしか思えないのだ。
山の上の人たちは、山の下にいる人々を蔑んでいる。
山の高低差がそのまま貧富の差だ。
そこの人間の生活水準が手にとるようにわかるのだ。
その山の下のさらに海岸に追いやられた人々の居住区を見てみたいと思っていた。
シテ・ソレイユ<太陽の町>と名付けられたその土地には、山の上から流されて来たすべてのモノが堆積していた。
ペットボトルやビニール袋、空き瓶、空き缶とあらゆるゴミが流れ着く。
糞尿も山の上からそのまま川に流れ込み、どこをどう伝って来るのか、ぬかるんだ海辺の砂に染み込んでいるのだった。
<太陽の町>にはいつも陽が降り注いでいた。
その陽を遮る木々などはどこにも見当たらない。
海に面した荒涼としたそんな土地にも家が建っている。
錆びたトタン板を四方に立て、上からフタをしただけの家だ。
そんなある家からひとりの女が出て来て、僕の手をとっては中に引き入れた。
昼のさなかなのに、室内は真っ暗で、アフリカ系の黒い肌の女はその暗がりに瞬時に溶け込むと、白い歯を見せて、囁くように言うのだった。
「プラネット」
暗がりで聴けば、何とも唐突で妙な響きだ。
女は僕の耳もとに息をかけるように言い、天井を指した。
黒々としたその腕その指さきが、まるで未知の惑星のように、シルエットとなって暗がりを動くと、無数のクギ穴があいた天井が、星空のごとくに輝き、いっそう瞬くのだった。
それはプラネタリウムよりリアルで、夜空よりも生々しい。
嵐が来るたびに水没する土地、ふと、アマゾンの河岸で、いつかしら耳にした言葉がよみがえる。
Varzea/バルセア・・・消えゆく土地。
アマゾンなら水没した土地もやがては姿をのぞかせ、肥沃な大地となって密林を育むことだろう。
しかし、ここ<太陽の町>には再生がない。
ここの住人は、一生、頂きに行くこともなければ、夜の、その頂に灯る煌煌とした灯りを仰ぎ見ることもないだろう。
「プラネット」
女の声が耳に残る。
もしかしたら、ここは別の惑星なのかもしれない。
夜のバラックで、ゆらめくランプの仄暗さのそこここに、錆びた鉄とナマの水の匂いがした。
夜風がトタン板をゆらして、すり抜けてゆく。
そんな暗がりに目を閉じれば、満天の星々が輝くあの真昼の夜空が、瞼に浮かんでは消えゆくのだった。
瀬戸正人