ハイチ 消えゆく土地

南太平洋のタヒチとよく間違えられるが、そうではない。ハイチだ。あの大地震に見舞われる2ヶ月前、僕は首都のポルトープランスを車で走り回り、世界有数のスラムに通い詰めていた。シテ・ソレイユ<太陽の町>と名付けられた土地だ。
1%の富裕層が山の頂きに住み、山の高低差がそのまま貧富の差となって、人間の生活水準が手にとるようにわかる。<太陽の町>は、追いやられたように海岸にへばりついていた。そこにはいつも陽が降り注いでいる。その陽を遮る木々などはどこにも見当たらない。海に面した荒涼としたそんな土地にも家が建っている。錆びたトタン板を四方に立て、上からフタをしただけの家だ。歩いていると、ある家からひとりの女が出て来て、僕の手をとっては中に引き入れた。昼の最中なのに、室内は真っ暗で、アフリカ系の黒い肌の女はその暗がりに瞬時に溶け込んで見えない。そして、白い歯を見せながら、囁くように言うのだった。
「プラネット」
暗がりで聴けば、何とも唐突で妙な響きだ。女は僕の耳もとに息をかけるように言い、天井を指した。黒々としたその腕、その指さきが、まるで未知の惑星のように、シルエットとなって暗がりを動くと、無数のクギ穴があいた天井が、星空のごとくに輝き、いっそう瞬くのだった。それはプラネタリウムよりリアルで、夜空よりも生々しい。
「プラネット」
女の声が耳に残る。もしかしたら、ここは別の惑星なのかもしれない。夜にはゆらめくランプの仄暗さのそこここに、錆びた鉄の匂いがした。夜風がトタン板をゆらして、すり抜けてゆく。そんな暗がりに目を閉じれば、満天の星々が輝くあの<真昼の夜空>が、瞼に浮かんでは消えゆくのだった。